私は東大ブロックチェーンイノベーション寄付講座に第4期生として参加し、チームで
Artreeというサービスを開発、さらに合同会社として共同創業しました。
元々、建設・土木が専門だった私が、なぜブロックチェーンに興味を持ち、Artreeを立ち上げるに至ったのかを紹介させていただきます。
自分に出せる価値を必死に探した留学時代
私は現在工学系研究科社会基盤学専攻の修士2年に在籍しています。私は、大学院1年次にアメリカに留学していたので、大学院自体は3年目になります。
学部時代の私は、アルバイトやサークルに熱中したり、ビジネスコンテストに出場したり、長期インターンをやってみたりとアクティブに活動していました。特にその当時の私の興味分野は、人や組織の可能性を引き出すことでした。コーチング、組織マネジメント、人材開発などに興味があり、コーチングを提供する団体を立ち上げたり、ワークショップを開催したりしていました。
当時の問題意識は、教育でした。将来に対する不安を抱える就活生があまりにも多いことに違和感を感じ、その原因を解明して、少しでもそのような悩みを抱える学生の人生に寄り添えるような事業を目指していました。最終的には、スキルが板についてきたこともあり、それなりに自分自身に対する自信を持っていたことを覚えています。
その後、大学院進学と同時にアメリカのワシントン大学(以下、UW)に留学することになりました。当時参加していたUWのプログラムは、修了すると就労ビザが発行され、1年間現地で働く機会を得られるというものでした。しかしながら、就労ビザの発行イコール仕事の獲得、というわけではないので、自分の力で仕事を探さなければなりません。
当時、意識の高かった私は、到着早々にいろいろなイベントやジョブフェアに出かけ、仕事を見つけようと行動しました。シアトルは、AmazonやMicrosoftの本社があるので、テクノロジーの街や第二のシリコンバレーとも呼ばれれ、連日様々なテックイベントが開催されているのです。
そのような形で、自信満々でイベントに乗り込みましたが、ほとんどのイベントでまさに「完敗」という感じでした。どこに行っても聞かれることは、「君は何ができるのか?」「君は何がやりたいのか?」という2つの質問。私はどちらの質問にも明確に答えることができませんでした。
なぜなら、テクノロジーに関して明確なやりたいことがあったわけでもなく、その当時コードが書けたわけでも、英語が話せたわけでもなかったので、ほとんど相手にされませんでした。まさに開始1ヶ月で撃沈しました。「自分は無価値だ。自分には一体どんな価値が出せるのだろう」ということを考え続ける闇のような時期でした。
ブロックチェーンは社会構造のあり方に疑問を投げかける
そこで出会ったのがブロックチェーンでした。私は、こんなに面白い技術があるのかと興奮したのを覚えています。
私は、今の日本の成長を止めているのは国や地方自治体、大企業だと感じており、非中央集権的な思想に賛同しています。
国、特に官僚組織の作るパッチワーク的な政策の嵐と対応の遅さは、誰が悪いというわけではなく、組織構造や組織体質そのものが根本的に問題になっていると考えています。また、地方自治体は、安定志向の公務員から成る、成果を上げるインセンティブに乏しい組織が、その地域のビジョンから具体的な施策まで全てを決定しており、イノベーションとはかけ離れた、紙とハンコの社会のレガシーが依然として残っています。さらに、国は大企業を過度に保護し、破壊的変革のない慢性的な産業体質によって、産業レベルでのイノベーションは各国に遅れをとっている現状があります。
さらに問題は、そのような現状に対して、他に選択肢がないかのように思考停止し、サイレントマジョリティーを形成する国民です。
このような現状に対して、ブロックチェーンというのは中央管理者である国や大組織を基本とする社会構造を根本から覆す技術だと感じました。官に対する官民協働や、大企業に対するベンチャー企業のイノベーションなど、仕組みによって新たな風を吹かせるような提案はされてきましたが、ブロックチェーンは技術特性としてそのような非中央集権性、分権性を備えているという点は、非常に面白いと感じました。
ユースケース一つとっても、例えば、弊社の狙うデジタルコンテンツの領域においてのユースケースを考えると、本来クリエイターに還元されるべき利益が中間業者にマージンとして抜かれていたり、作者本人が意図しない形で勝手に利用されていたりという、あるべきではない姿を、ブロックチェーンを持ち出すことによって、きちんと利用料が還元され、著作権が保護されるというあるべき姿へと導いてくれるわけです。
このように、ブロックチェーンは、何が理想のあるべき姿なのか、を再度想起させてくれ、それを多くの場合で実現する可能性のある技術だと思うのです。
留学当時このブロックチェーンに出会い、これをやりたい、と思い始めてから必死に勉強したのを覚えています。大学の授業が終わった後に、自分でオンライン授業を取ったり、英語のホワイトペーパーや書籍を片っ端から読みました。わざわざサンフランシスコで開催されるイベントに足を運んだりもしました。
また、それまでの私はコードを書いた経験が全くありませんでした。故、初めてちゃんと触ったコードは、Solidityというイーサリアムにスマートコントラクトを実装する言語でした。おそらく周りを見回しても、Solidityからプログラミングを始めた人はいないのではないかと思います。
そして最終的には、ニューヨークの仮想通貨取引所BitMartでのマーケティングの仕事を獲得し、そこで半年間働きました。
仲間との出会いとブロックチェーンの社会実装への想い
帰国後は自分の研究室に戻り、研究をしなければなりませんでした。私は、引き続きブロックチェーンに関わっていたいという思いがあったため、ブロックチェーン技術からは程遠い、建設マネジメント研究室というところで、なんとかテーマを探し、スマートコントラクトを活用した施工システムのプロトタイプを作り始めました。
しかしながら、ブロックチェーンの開発は初心者にとってはある意味孤独で、日本語での文献はほとんどなく、バグも解決されていないことが多いため、一つのバグに1日費やすこともありました。
そのような孤独感から、仲間を募って開発合宿をしたい、と思い立ったのが今のArtreeの原型になります。そこからいろいろなアイデアを出し合い、開発も毎週のように集まって様々な技術を試したりしました。
特に私たちが重きを置いていたのは、「社会実装」というキーワードでした。
私がアメリカ時代からブロックチェーンを勉強しつつ感じていたこととして、エンジニアがプロダクト開発を進めてきて、物凄い勢いで発展してきてはいるものの、実際に使われているユースケースがほとんどないことに対する違和感でした。なぜ、このような素晴らしい技術なのに、世の中にで実装されていないのだろうか。この問いに正面から取り組んでいきたいと思ったのです。
本プログラムへの参加
そこで私たちは、デジタルコンテンツ管理というユースケースの中で、どうしたらユーザが使ってくれるサービス、ソフトウェアになっていくのか、ということを考えました。
特にその部分についてより深く理解したいと思ったのが、この東大のプログラムへの参加動機でした。ユーザビリティの改善、ビジネスモデルの改善、ユーザ課題の発掘などなど、考えなければいけないことと、それを実装することをプログラムを通してやりたいと思ったのです。
実際、参加してみて有益だと感じたのは主に3つあります。
1つは、技術的な新規性だけではなく、それがユーザに使われるかという社会実装的観点からもフィードバックをいただけることでした。通常、ブロックチェーンの専門家のところにいくと、それはブロックチェーンを使う意味があるのか、といったユーザビリティの観点よりも、いかに美しくブロックチェーンを使っているかが問われ、一方ベンチャーキャピタルなどに話をもっていくと、それは何十億の売り上げになるのかを問われるという次第でした。そのような、普通では得られない本質的なフィードバックが得られるのがいいと思います。
2つ目は、ブロックチェーンの最先端で活躍されている方との勉強会があるところです。本プログラム期間中、5、6人の実務家の方やエンジニアの方からお話を伺う機会があり、どれも非常に面白いお話を多方面から聞くことができるので、とても勉強になりました。
最後に3つ目は、開発をしながら資金が得られるということです。普通、開発段階やプロトタイプの作成には、シードマネーを調達しない限りお金は出ません。将来に対する負債になります。しかし、このプログラムは仮設検証しながら、お金をいただくことができ、それが開発に集中することができる環境を整えてくれたように思います。
Artreeの今とこれから
現在Artreeは、プログラム期間中の5月にArtree合同会社として登記をしました。単なる技術開発や、ビジネスコンテストの領域を超え、実際に世の中に価値を提供していくフェーズになりました。やってみると難しく、またやることが非常に多いため、毎度手探りで進めています。
時にやりたいことが批判されたり、時に応援してくれたり、様々な声をいただきます。このような声を正面から受け、着実に進んで行こうと思っています。
私自身、メンバーには非常に恵まれたと思っています。ブロックチェーンを社会実装したいという思いが共通し、ビジネス力と開発力のバランスが非常によく取れたチームだと思います。たまたま集結したメンバーとはいえ、巡り合わせのようなものを感じました。
最後に、Artreeは、デジタルコンテンツをブロックチェーンで管理する新しいサービスです。今までになく、今後あるべき姿を作っていく重要なサービスになっていくと考えています。そのような時代の変革期に、このような形で関われていることは非常にうれしく思いますし、この機会をさらに生かしていきたいと思っています。